【GLAMOROUS LANGUAGE】
通常国会が始まり審議が深夜まで及ぶ事が多いこの時期、気候の変化に対応しきれず体調を崩す者が多く現れてくる。
それは常日頃から鍛えている隊員達も同様で、体調が芳しくなくとも仕事に就こうする隊員が後を絶たない。
その為DG専属の内科医である橋爪が何時にも増して館内を隈無く巡回する事になるのと反比例するように、普段館内を走り回っている石川は中央管理室に留まる事が多くなる。とはいっても一旦事が起こると直ぐに飛び出して行く為、楽が出来るかと云うとそうでもないのだ。
そんな激務が続く中、休憩を取っていた石川は、これまた忙しく巡回している橋爪と出くわしたのであった。
「やあ、Drも休憩か?」
「ええ、石川さんも?」
「ああ、流石に今日はトラブル続きで動き回ってるからな、時間がある時に休めって岩瀬に云われたんだ」
「そうですね。休憩も取らずに動き回って、過労で倒れたりしたら本末転倒になりますからね。で、その岩瀬はどうしたんです?」
「岩瀬はISPLからの連絡があって電話しに行ってるよ。戻るまで何処にも行くなって釘をさしてな」
そう不服そうに応えていても、その眼は嬉しそうに輝いている。そんな石川につられるように、橋爪もまた自然と柔らかな笑みを浮かべてくる。
「それだけ石川さんの事が大切なんですよ」
「そうかな?」
「ええ、石川さんは隊にとって無くてはならない存在ですし、それ以上に岩瀬にとって掛け替えのない大切な存在なんですよ」
「そうか・・・そうだな。でもそれはDrも同じだろ?隊に無くてはならない存在であると同時に、西脇にとっても欠かせない人だ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
石川と橋爪はそんな言葉を交わしながら、幸せそうな笑みを浮かべあう。
岩瀬が赴任してきた当初、石川は此処まで橋爪と親しくなれるとは思っていなかった。どちらかと云うと苦手意識みないなものがあったのだが、それは知られてはならない秘密を抱えていたからなのかもしれない。けれど、石川が抱える心の負担を取り除けるようにと西脇によって明かされた事実。同じ秘密を抱えている者同士と云う事が判り、必然と云うべきか、何時しか石川と橋爪は良き相談相手となっていたのである。
「で、体調を崩している隊員は多いのか?」
「そうですね。今のところそう多くはありません。国会が始まりましたから、気力の方が勝っているんだと思います」
「はは、みんな仕事好きだからなぁ」
「その筆頭は石川さんですけどね」
「そうか?」
「ええ、このところ疲労気味ではないですか?岩瀬じゃないですが、休める時はしっかり休んで下さいね」
「判ってるよ。でもそれ、西脇にも云ってやれ。もしかしたら俺以上に仕事好きかもしれないぞ?」
「それは判っているんですけど、私が云ってもはぐらかされるんです」
この橋爪と云う内科医は相手が上司であろうと何であろうと、病人は力ずくでも引きずっていくのである。そんな橋爪が敵わない相手が居るとするならば、それは外警班長である西脇くらいであろう。まあ本当に具合が悪ければ自己申告するので、検診拒否を除けば信頼しても良いと橋爪は思っているのだ。
「それより岩瀬が心配してましたよ。俺が幾ら云っても石川さんは休んでくれないって」
「彼奴は心配しすぎなんだよ」
「でも、その気持ちは判ります」
「Dr?」
「だって、西脇さんも同じですから・・・」
橋爪はそう云うと、少し寂しげな笑みを浮かべて見せる。幾ら自己申告しようとも、検診拒否を続けようとも、心配する橋爪の言葉は聞き入れて欲しいと思うのだ。
「そんなに心配しなくても西脇は大丈夫だよ。岩瀬程じゃないにしろ、外警班長務められるくらいだからな」
寒さ、暑さにそう強くない筈なのだが、外警をとりまとめる班長として西脇も激務をこなしている。それに西脇以外外警班長はありえないと、石川や隊員は云うまでもなく、内藤までもそう思っているのだ。その事を考えれば西脇も並大抵な人間ではないと云えるだろう。
「ええ、でも岩瀬と同じだって聞いたら、西脇さん怒るでしょうね」
「ははは、確かにな。岩瀬はサイボーグだって云われるくらいだからな」
「それだけ鍛えてるんですよ」
「ああ、トレーニングが趣味なんじゃないかって疑いたくなる時があるよ」
「でもそれはすべて石川さんと一緒にいる為ではないんですか?」
「岩瀬もそんな事を云ってたな。無様に倒れて俺の警護が出来なくなったら大変だから鍛えてるって。あんまりトレーニングしすぎるのもどうかと思うんだが・・・」
その事は橋爪も聞いた事がある。
SPとなって数々の要人の警護に当たっていても、自ら護りたいと思う人は現れなかった。そんな岩瀬の前に、決して大声ではないけれど、透き通った凛とした声と整った端正な姿を見せた石川に一瞬で心を奪われ、この人を護りたいと云う想いが広がったのだと。そして環境大臣との契約が切れる事もあり、岩瀬はISPLを通じ警備委員会に直談判した結果、補佐官兼SPと云う地位を確立したのだ。
「岩瀬に関して云えばそんな危惧は全くありませんよ。寧ろじっとしてろと云う方が体調を崩すんでしょうね」
「はは、確かにそうかもしれないな」
岩瀬が身体を鍛える事。すなわちそれは石川を護り続けると云う今の地位を譲る気がない事の現れでもあった。それを思うと自然と表情が綻ぶ石川なのだ。
「それにその方が石川さんも安心出来るでしょ?」
「うん?何が?」
「岩瀬が元気でいるって事がですよ」
「えっ?」
「前に岩瀬が風疹に罹った時におっしゃっていたでしょ?普段元気なだけに病気に罹ると不安になる。でもその反面楽しみも見いだす事が出来るって」
あれはアンドロイド事件が解決した後の事であった。
普段完璧な健康体である岩瀬の異変に、誰あろう橋爪がいち早く気が付いたのである。
本人も全く自覚しておらず、ずっと一緒にいる石川が気付かなかった小さな発疹を見つけ、メディカルルームへと連れて行ったのだ。そしてその結果、初見の通り風疹であると診断が下され、感染病である事から部屋でじっとしていろと言い渡したのだ。
そうして部屋に閉じこもっている岩瀬の為に、石川はどんなに疲れて居ようとも今岩瀬の為にしてやれる事は全部してやりたいんだと、毎晩嬉しそうに手料理を作り運んでいたのである。
「あれは・・・その・・・Drだって、西脇が寝込めば献身的に看病するだろ?」
「それは・・・でも私は石川さんみたいに料理は作れませんから、西脇さんに何かしてあげるって事が出来ないんですよ」
「何も料理が全てじゃないだろ?俺が寝込んでた時、別に手料理なんか無くても岩瀬が看病してくれるだけで凄く嬉しかったしな。西脇だってDrがそこにいてくれるだけで嬉しいと思うぞ?」
「そうでしょうか?」
「絶対そうだって。それはDrも同じだろ?」
「ええ、そうですね・・・それに西脇さん云ってくれたんです。私が寝込んだら手料理を作ってくれるって。西脇さんが料理している姿ってあんまり想像できないんですけど、あの人なら出来そうな気がするんですよ」
そう語る橋爪は心から嬉しそうな笑みを見せてくる。
西脇がそんな約束を口にしたのも、岩瀬が風疹に罹った時の事であった。それは常人の常識を見事なまでに裏切り驚異的な回復を見せ、翌日から職場復帰すると云う日の事であった。
この日も岩瀬の為にと食堂の厨房に立った石川はスタミナ食を作って欲しいと云う岩瀬の要望に応え、作りすぎてしまったからと西脇を誘ったのだ。そうなれば必然的に橋爪も石川の手料理のお相伴にあずかる事になる。石川の料理の腕前は西脇や噂に聞いて知ってはいたが実際に食したのは初めてで、改めて石川の凄さを実感した瞬間でもあった。
これだけ尽くされたら岩瀬も幸せですねと漏らした一言に、紫乃が病気になったら俺が作ってやるよと西脇は告げたのだ。
「そうだな。彼奴は何でも器用にこなすからな」
「石川さんは食べた事があるんですか?」
「西脇の手料理?」
「はい」
西脇と石川は同期と云う事もあり、互いの事を良く知っている。時にその事に嫉妬を抱く事はあるが、俺には紫乃だけだと云う西脇の言葉を信じている為、岩瀬のようにあからさまな嫉妬を見せる事はない。ただそれだけで橋爪も嫉妬を抱く事があるのだ。
「一度だけあるな。確かに美味かったよ」
「そうなんですか・・・」
「そんな表情しなくても、Drが云えば西脇は直ぐにでも作ると思うぞ?」
「そうですね。西脇さん、やると云ったら本当にする人ですから。私はそこに惹かれたのかもしれません」
「西脇も岩瀬と同じで結構独占欲が強いからな」
仕事中でも時々見せる独占欲。二人の仲が知られたら駄目だと判ってはいても、さり気なく示されるそれを石川は心地よく思っている。 立場上知られてはならない関係。石川はばれていないと思っているようであるが、同じような立場にいる者や、鋭い者達は既に知っているのだ。けれどその事に気付いていない石川はそういった意味でも大物なのだろう。
「そうですね・・・私もトレーニングをしたいって思うんですが、西脇さんに西脇さんが居ない時はするなって云われるんですよ」
「ああ、それは岩瀬も同じだ。俺は組み手をしたいって思うのに、岩瀬が誰とも組ませようとしないんだ」
「西脇さんも同じ事を云ってました。組み手をする時は俺が相手をするから、他の誰とも組まないようにって」
「西脇は本当にDrを大事にしてるからな」
「そうでしょうか?」
「ああ、元々世話好きな奴だけど、Drが絡むと必死になるからな。あの秋本圭の時がそうだったろ?」
「ええ、あの時は本当に嬉しかったです」
橋爪を思う気持ち。それが人とはずれて行き、最後には橋爪に対して狂気を現したのだ。その事件の前、西脇は橋爪に気付かれないよう秘密裏に事を解決しようとしていたのだ。
その裏には以前同じような事で辛い思いをしている橋爪に、同じ思いを味会わせたくはないと云う西脇の気持ちが込められていた。
「あの時思ったよ、俺は何時も護られてるけど、西脇も同じようにDrを守りたいんだなって」
「そうですね。あの時西脇さんを疑ったりもしましたけど、掛けてくれる言葉は優しいものばかりでしたから」
「Drが絡むと必死になるからな、西脇は。ある意味岩瀬よりも凄いかもしれないぞ?」
「そうですか?私にはそう思えないんですけど・・・」
「そう思わせないところが西脇の凄いところなんだって。岩瀬は判り易いだけで、西脇も独占欲は強いからな」
橋爪宛に届く手紙。エスカレートしていくそれを見て専門家に頼もうと云う石川の言葉を、俺が守りたいんだと西脇は云ったのだ。石川を守る岩瀬のようにずっと傍にいてやれない分、巡回する橋爪を守るようにSPの資格を持つグレイを同行させたり、自分の持てる力を発揮していた西脇。そして丁度委員会から巡回禁止令が降っていた事もあり、食堂の主でもある岸谷に協力を仰いでもいた。その事からも西脇が橋爪の事を如何に思っているのか石川には判ったのだと云う。
「そうですね。私は西脇さんを誰にも渡す気はありませんから」
「俺も岩瀬を誰にも渡す気はないしな」
「それ以前に岩瀬が手放さないと思いますよ」
「それは西脇も一緒さ」
そう二人の顔には、嬉しそうな微笑みが浮かんでくる。
「そう云えば、西脇さんあんまり石川さんと二人っきりで連むなって云うですよ」
「はは、それは妬いてるんだよ。岩瀬も同じような事云ってたしな」
「岩瀬も?」
「ああ、まるで大型犬みたいに可愛いところがあるんだ」
「そうでしたね。臨時で護衛に入ったレストランの帰り、まるで散歩から帰りたがらない犬だって西脇さんが云ってましたね。普段もそうなんですか?」
「ああ、プライベートな時はA級SPって感じはなくなるな。そこがまた愛おしいところでもあるんだ」
「そうなんですか」
「西脇はないの?」
「西脇さんは変わりませんよ。でも、時々必死に話してくれる時があります。西脇さんがいない処でシャワールームを使わないようにとか、色々と。そんな西脇さんだから惹かれるんだとおもいます」
「そうか・・・俺達の前では絶対見せない姿だな」
「岩瀬は見せてますけどね」
此処が何処であるのかも忘れているように、二人は嬉しそうに延々と互いの知らない二人の事を話し続け、時折楽しそうな笑い声が休憩室から漏れ聞こえていた。
「岩瀬?お前こんなところで何やってるんだ?」
そんな言葉を掛けてきたのは、何処か嬉しそうな困惑顔を見せながら休憩室に入るでもなく立ち尽くしている岩瀬を見つけた西脇であった。
「あっ、西脇さん。お疲れ様です」
「お疲れさん。で、お前そんな処で何やってる?でかい図体して突っ立てたら誰も入れないだろうが」
「ええ、それなんですが・・・」
「何だ、歯切れが悪いな?中に石川もいるんだろ?」
石川を守る番犬である岩瀬は、石川が誰と話していようと必ず傍に付き添っている。それなのに中に入ろうとはせず、ただ困惑顔を見せるばかり。これでは埒があかないと近づいた西脇の耳に飛び込んできたのは、楽しげに会話を繰り広げる石川と橋爪の声。
そして漏れ聞こえたその内容は・・・
「・・・・って云うんだ、岩瀬は」
「そうなんですか?西脇さんなら・・・・」
「そんな時、西脇さんはそうします」
「へぇ、岩瀬ならこうするな」
と云うような、他人が聞いたら呆れてしまうような内容であった。
さしもの西脇も漏れ聞こえてきた会話に言葉をなくし、無言のまま困り顔を見せる岩瀬を振り返る。
「何だか入りづらくて・・・」
「仕方ない。無線を使うか」
「はい。お願いします」
こうして話を中断し飛び出して来た石川と橋爪の二人は、困惑しながらも嬉しそうな岩瀬と呆れきった笑みを浮かべる西脇に出迎えられたのであった。
この後石川と橋爪の二人がどうなったのか、それは言わずもがなであろう。
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